『主よ、わたしたちの主よ、あなたの御名はいかに力強く全地に満ちていることでしょう。あなたの天を、あなたの指の業をわたしは仰ぎます。月も星もあなたが配置なさったもの。』(詩篇8:2・4)

私は毎朝健康のためウォーキングを続けています。今の季節はもう明るいの ですが冬場はまだ暗く月や星が輝いています。静寂で神秘的な星空の下で朝 の冷気をいっきに吸い込みます。このひと時が私にはまさに神様を感じる瞬 間なのです。

私の子供のころはテレビもなかったので、野や川が遊び場所で夜はずっと星空を眺めているのが好きな少年でした。そんな自然の中で育った自分は高校を卒業すると大都会東京に出ました。都会は私の欲望を何でも満たしてくれるような気がしました。しかし、欲望を満たせば満たす程、心はむなしさを覚えました。都会生活に慣れれば慣れる程、何もかも失われていく感じがして、もう一度子供のころのように自然の中で生活したいと望み、安定した仕事を捨てて、意を決して田舎に帰ってきました。

そこで新しい仕事を見つけ、そして結婚もしました。しかし、結婚当初からいばらの道を歩むことになるとはその時はわかりませんでした。妻は子育て・人間関係等において、悩み苦しみ心の病に陥り、自分をコントロール出来なくなる状態となりました。

長男が二歳位だったと思いますが、今度は、私の父が農作業中に倒れ、そのまま亡くなってしまいました。五月の連休中のことだったので、いまでもはっきり憶えています。病院にかけつけたときには、すでに息をひきとっていました。そして、一年もしないうちに父の後を追うように、母までが病気になって亡くなってしまいました。 『人は皆、草のようで、その華やかさはすべて、草のようだ。草は枯れ、花は散る。』(ペテロ・1:24)わたしは人生の悲哀をつくづく感じ、何を頼りに生きて行けばいいのか絶望感に襲われました。

この頃、妻は益々落ち込み自分の家庭は崩壊寸前で、私はなすすべがありませんでした。明日はどうなるのか、まったく希望が見えないまま、教会の日曜礼拝だけは細々ながら行っていました。私は最初は何かを求めて教会に行っていたのではなく、単に妻の送迎という形で行っていたのです。 教会は賛美で充満していました。そこで御名の存在を知りました。それは神様のご本質を示すお名前だと先生から教えられました。ただ純粋に御名を呼ぶだけで神様に出会えることに何か神秘的な魅力を覚えました。

『渇いている人はだれでも、わたしのところへ来て 飲みなさい。わたしを信じる者は聖書に書いてあるとおりその人の内から生きた水が川となって流れ出る』(ヨハネ7:37・38) 今より『我は主なり・・・・』私は子供のようにただ御名を呼びました。するとわたしの心の深いところから主の御名が流れ出しました。それは今まで体験したこともないものでしたが、不思議なことになぜか身も軽くなりさわやかな気持ちになりました。私の内からもろもろの苦しみが流れ去り、主イエスにある新しい自分の姿を発見しました。

私はこのお証しを書くにあたって、ある書物の中に出てくる少女のことを思い出しました。それはずっと私の心の奥にしまっておいたものですが、・・・学校の心理学の教科書として「夜と霧」という本との出会いのことです。それはアウシュビッツの強制収容所の情景を細かに心理学的に分析したものです。かなり難しい内容でしたが、その中に目も当てられないような写真が掲載されていました。私は絶句し人間の尊厳とは何なのか考えさせられました。何の理由もなく突然捕らえられ、ガス室の中で機械的に1kgの灰にされてしまう。そんな不条理に、人間とは何なのか、生きるとは何なのか、自分は何のためにこの世に生まれてきたのか考えざるを得ませんでした。

そんな中、文章の一説が目に留まりました。そのまま紹介しますと、・・・・この中で私とは著者であるフランクルのことであり、彼もまた強制収容所で奇跡的に助かったひとりでした。この若い女性は自分が近いうちに死ぬであろうことを知っていた。それにも拘らず、私と語ったとき、彼女は快活であった。「私をこんなひどい目に遭わしてくれた運命に対して私は感謝していますわ。」「何故かと言いますと、以前のブルジョア的生活で私は甘やかされていましたし、本当に精神的な望みを追ってはいなかったからです。」「あそこにある樹はひとりぽっちの私のただ一つのお友達ですの。」と彼女は言い、バラックの窓の外を指さした。「この樹とよくお話しますの。」私は彼女の言葉の意味が判らなかった。彼女は妄想状態で幻覚を起こしているのだろうか?不思議に思って私は彼女に訊いた。「樹はあなたに何か返事をしましたか?」彼女は答えた。「あの樹はこう申しました。私はここにいる・・・私はここに~いる。永遠の命だ・・・・。」

私は御名と出会うまで彼女が聞いた「私はここにいる」という意味がわかりませんでした。しかし、神様の存在を知った今、彼女が見たものはまさに神様だったことを確信しました。神様に出会うということは何と素晴らしいことだろう。死を前にした少女の微笑が全てを語ってくれています。全てを投げ捨て、無になって神様の御胸に飛び込むことが、全ての苦しみから救われる唯一の道だとわかりました。 

アウシュビッツにおけるユダヤの一少女の死が私の内に強く迫ってきました。あのような過酷な運命のもとにおいても、自分の境遇を恨まず、感謝すると言わせたことは、神様に出会った人にしか言えない言葉だと思いました。その時の少女は美しく輝いているように思えました。 私は、ほんとうに小さく弱い者で、毎日主の懐で生かされているのを感じます。これからどんな試練が待ち構えているかわかりませんが、ひとすじの光を見ることができました。たとえ一歩一歩でも聖なる山に登り続け、神様から与えられた使命を、愛をもって満たしてゆきたいと願っています。

  さて、妻は病のため、苦しみ、日々生きることさえ出来ない状態で、暗いトンネルの中から抜け出せずにいましたが、神様の御名に支えられ闇の向こうに光を見出すことが出来るようになり、毎週礼拝に導かれ、主ご自身から力を与えられています。 主にある家族である、教会の皆さんの支えと祈りによって、神様に向き合えるようになりました。 また二人の子供たちも幼い時から母親の愛情をあまり受けることが出来ませんでしたが、神様の愛によって心に御名を宿し、教会に導かれています。 神様はこのような小さな弱い家族を見捨てることなく愛を注いでくださいました。「私は、ここにいる・・・永遠の命だ。」

『わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。』(ヨハネ11:25) この力強い主イエス様の言葉が、今私の内にせまってきます。神様はご自身の溢れる命となって、私たち家族を導いて下さいました。  『狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道は細いことか。それを見出す者は少ない。』(マタイ7:13)   神様への道は本当に狭くて厳しこだと思います。しかし、ひとすじの光に 導かれるままに、祈り登り続けていきたいと思います。すべてを知っていて 下さり見守っていてくださる神様に感謝いたします。アーメン