글 수 270
どこかでこのような話を聞いたことがあります。
“これからは宗教人じゃなく、キリスト人の信仰人として生きていきなさい”と...
しかし、今の主は私が普通のキリスチャンではなく、キリストの弟子として生きていく
ことを求めていらっしゃるのです。
私は自分で“弟子の生を生きていく”と告白できるまで大変でした。弟子大学の授業が進められた中期の事です。留学生である私が勉学を目的に日本の生活をしているのは事実だったのでcellリーダーと弟子大学の授業を受けながら青年部の役員の役割まで...
ときどき、頼まれた教会の事と他の事をはたしながら学校の勉強をするのは、てに余る大変なことでした。ある日、めったに聖徒に勧めしない牧師任から礼拝が終わって、三日間の断食を命されました。突然の事だったのですっかり面食らって、それに断食は学校の授業にも差し支えがあるわけでどうすれば良いのか分からなくて牧師任には何ともお答えせずに牧羊室をでました。正直言うとあの時は心が痛みました。どうして私がこんな事をしなきゃならないのかという質問にもどかしくなってきました。家に帰ってきて“私に三日間の断食が要るんだったら、適当な時間を与えてください”とお祈りしました。そして都合よく学校の授業も三日間の時間が空いて、ルームメイトだったインヨン姉がしばらく韓国に入る期間と重なったので弁解の余地のなく三日間の断食を始めました。断食お祈りに対する答えは『弟子』でありました。これまで弟子訓練をうけながら頭では“私は弟子、私はキリストの弟子”と何度も繰り返して言ってきたが、心の奥の深いところからは自分の生がキリストの弟子としての生を生きていると告白できなかったのです。もしかしたら弟子大学を始めて経験されたいろいろなことで、怨みとすべてのことに耐えなきゃならないという苦しみや悔しさなどを抱いていた自分の心からは出られない告白だったかもしれません。しかしながらキリストの弟子として生きていくにはあまりにも軟弱だった自分の姿を解決させていただける正答もキリストの弟子でありました。お祈り中、打ち明けた数多い怨望に対する答えは私がキリストの弟子として生きて行っているという慰めでありました。私がすべてのことを耐え忍んで遣り遂げなきゃならない理由...使命で生きて行かなきゃならない理由は...自分が信仰人ではなく、キリストの弟子であるわけでした。私が負うべきの十字架があるには、自分をもっともっと低くすべきには、私がキリストの残った弟子として生きて行く使命の場で主が呼んでいらっしゃるわけであることが分かりました。
もしかすると、私は弟子大学を始める際、気軽く始めたかもしれません。そして、弟子大学を卒業する私の心も同じく気軽いです。しかし、前述と後述の気軽さには明らかな違いがあるのです。前述の気軽さは何もわからなかった無知からくる気軽さであって、後述の気軽さは弟子訓練をうける間、軟弱な自分を認めて、すべてのことを主の手にお委ねして、主が私と共にいらっしゃることと導いてくださることを信頼し、主の以外に自分が信じて頼ってきたすべてのことを下ろしておくからくる気軽さでありました。
“すると、ペトロが答えた。「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」イエスが「来なさい」と言われたので、ペトロは船から降りて水の上を歩き、イエスの方に進んだ。しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、「主よ、助けてください」と叫んだ。イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄いものよ、なぜ疑ったのか」といわれた。”(マタイによる福音書14:28~31)
断食後、黙想された御言葉の中のペトロの姿に自分の姿が照らされました。私と同行してくださる主が、自分ではできないことを行わせてくださるという信仰から歩み始めた弟子大学であったが、現実の苦しみという壁にぶつかって、沈んでいく信仰の薄い弟子の姿、そのものでありました。いままで、自分の人生と弟子訓練の期間のあいだ、どんなに薄い信仰から作られた自分の苦しみの中で苦しんできたか..しかし、主は私が助けを求める時、すぐに手を伸ばして捕まえられる位置でいつも私とともにいらっしゃったのです。私において弟子訓練は主が自分とともにいらっしゃることが分かって、疑いを捨てて、信仰を強くして行く期間の連続だったと言っても過言ではありません。よちよちと歩いている赤ん坊を目の前で眺めている親の姿が私を眺めている主の姿でありました。いつだって手を伸ばす用意ができていて、ちっとも目を離さなく自分の子供の一歩一歩を眺める親の姿..子供が倒れそうとしても、ぜったい倒れさせない親の手より安全で信じられる主の手が私とともにしているのを..生きていらっしゃるハナニンがもう美しい事を行っていらっしゃるし、私とうちの教会を使って、責任を担うだろうという信仰を弟子大学の期間のあいだ成長させていただきました。ペトロが水の上を歩こうとしたように私の持っている力ではできない事でも、主にすべてを任せる時..“はたして、できるだろうか..”という薄い信仰を主に下ろしておく時、水の上を歩けたペトロのような事が、私の弟子の生の中でも起こると信じています。日ごとに私のすべてがもっと軽くなるようにお祈りします。聖霊が行う事を見ながら、自分の弱さも疲れも苦しみも試験も十分に背負って行ける軽さになるように、元気な主の弟子になるように望んでいます。また、私の望みが卒業を一日後に控えた今日も、明日も、私の一生に続いてほしいです。
足りないcellリーダーに従っていただくcell家族にも感謝の気持ちを伝えたいです。Cell家族のためにお祈りするごとに祝福しながら忘れないお祈りの内容は“この姉妹の生が美しくなるようにしてください”であります。Cell家族の生が美しい生になってほしいです。教会の中でも、世の中の人々の目にも美しい生..誰が見ても美しい生を彼女らが生きていくことを、祝福して、お祈りしています。そして、キリストの弟子になった私が愛するcell家族と他のたましいの美しい生のために更に美しくならなきゃならないと告白します。うっとりする平聖徒使役者の生というのが、そのものだと告白します。まだまだですが、弟子大学を卒業して訓練されたとおりに私の一生を美しく使ってください..それが私の望みで..私の一生の使命になりました。
おわりに、足りない私を導いていただいた牧師任と、励まして中保していただいたサモニンと長い間、班長の役割を果たしながら御苦労さまでしたアン執事任、純粋な信仰で挑戦を受けて皆を笑わせていただいた金執事任、大変だった時ごとに私のことを心配していただき、お祈りで同役していただいた友美執事任、一緒に卒業できなくなったのが個人的にはくやしいほど私と同じく大変だった状況の中で今日にいたるまでもっとも力になってくれたインヨン姉と、いままで私のために中保していただいた教会の家族である皆様にこころ深く感謝の気持ちをお伝えいたします。
そして何よりも、わたしの父でありますし、愛するわが主に感謝をささげます。主をなお愛します。昨日より今日、今日より明日、なお愛します。ありがとうございます。
“これからは宗教人じゃなく、キリスト人の信仰人として生きていきなさい”と...
しかし、今の主は私が普通のキリスチャンではなく、キリストの弟子として生きていく
ことを求めていらっしゃるのです。
私は自分で“弟子の生を生きていく”と告白できるまで大変でした。弟子大学の授業が進められた中期の事です。留学生である私が勉学を目的に日本の生活をしているのは事実だったのでcellリーダーと弟子大学の授業を受けながら青年部の役員の役割まで...
ときどき、頼まれた教会の事と他の事をはたしながら学校の勉強をするのは、てに余る大変なことでした。ある日、めったに聖徒に勧めしない牧師任から礼拝が終わって、三日間の断食を命されました。突然の事だったのですっかり面食らって、それに断食は学校の授業にも差し支えがあるわけでどうすれば良いのか分からなくて牧師任には何ともお答えせずに牧羊室をでました。正直言うとあの時は心が痛みました。どうして私がこんな事をしなきゃならないのかという質問にもどかしくなってきました。家に帰ってきて“私に三日間の断食が要るんだったら、適当な時間を与えてください”とお祈りしました。そして都合よく学校の授業も三日間の時間が空いて、ルームメイトだったインヨン姉がしばらく韓国に入る期間と重なったので弁解の余地のなく三日間の断食を始めました。断食お祈りに対する答えは『弟子』でありました。これまで弟子訓練をうけながら頭では“私は弟子、私はキリストの弟子”と何度も繰り返して言ってきたが、心の奥の深いところからは自分の生がキリストの弟子としての生を生きていると告白できなかったのです。もしかしたら弟子大学を始めて経験されたいろいろなことで、怨みとすべてのことに耐えなきゃならないという苦しみや悔しさなどを抱いていた自分の心からは出られない告白だったかもしれません。しかしながらキリストの弟子として生きていくにはあまりにも軟弱だった自分の姿を解決させていただける正答もキリストの弟子でありました。お祈り中、打ち明けた数多い怨望に対する答えは私がキリストの弟子として生きて行っているという慰めでありました。私がすべてのことを耐え忍んで遣り遂げなきゃならない理由...使命で生きて行かなきゃならない理由は...自分が信仰人ではなく、キリストの弟子であるわけでした。私が負うべきの十字架があるには、自分をもっともっと低くすべきには、私がキリストの残った弟子として生きて行く使命の場で主が呼んでいらっしゃるわけであることが分かりました。
もしかすると、私は弟子大学を始める際、気軽く始めたかもしれません。そして、弟子大学を卒業する私の心も同じく気軽いです。しかし、前述と後述の気軽さには明らかな違いがあるのです。前述の気軽さは何もわからなかった無知からくる気軽さであって、後述の気軽さは弟子訓練をうける間、軟弱な自分を認めて、すべてのことを主の手にお委ねして、主が私と共にいらっしゃることと導いてくださることを信頼し、主の以外に自分が信じて頼ってきたすべてのことを下ろしておくからくる気軽さでありました。
“すると、ペトロが答えた。「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」イエスが「来なさい」と言われたので、ペトロは船から降りて水の上を歩き、イエスの方に進んだ。しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、「主よ、助けてください」と叫んだ。イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄いものよ、なぜ疑ったのか」といわれた。”(マタイによる福音書14:28~31)
断食後、黙想された御言葉の中のペトロの姿に自分の姿が照らされました。私と同行してくださる主が、自分ではできないことを行わせてくださるという信仰から歩み始めた弟子大学であったが、現実の苦しみという壁にぶつかって、沈んでいく信仰の薄い弟子の姿、そのものでありました。いままで、自分の人生と弟子訓練の期間のあいだ、どんなに薄い信仰から作られた自分の苦しみの中で苦しんできたか..しかし、主は私が助けを求める時、すぐに手を伸ばして捕まえられる位置でいつも私とともにいらっしゃったのです。私において弟子訓練は主が自分とともにいらっしゃることが分かって、疑いを捨てて、信仰を強くして行く期間の連続だったと言っても過言ではありません。よちよちと歩いている赤ん坊を目の前で眺めている親の姿が私を眺めている主の姿でありました。いつだって手を伸ばす用意ができていて、ちっとも目を離さなく自分の子供の一歩一歩を眺める親の姿..子供が倒れそうとしても、ぜったい倒れさせない親の手より安全で信じられる主の手が私とともにしているのを..生きていらっしゃるハナニンがもう美しい事を行っていらっしゃるし、私とうちの教会を使って、責任を担うだろうという信仰を弟子大学の期間のあいだ成長させていただきました。ペトロが水の上を歩こうとしたように私の持っている力ではできない事でも、主にすべてを任せる時..“はたして、できるだろうか..”という薄い信仰を主に下ろしておく時、水の上を歩けたペトロのような事が、私の弟子の生の中でも起こると信じています。日ごとに私のすべてがもっと軽くなるようにお祈りします。聖霊が行う事を見ながら、自分の弱さも疲れも苦しみも試験も十分に背負って行ける軽さになるように、元気な主の弟子になるように望んでいます。また、私の望みが卒業を一日後に控えた今日も、明日も、私の一生に続いてほしいです。
足りないcellリーダーに従っていただくcell家族にも感謝の気持ちを伝えたいです。Cell家族のためにお祈りするごとに祝福しながら忘れないお祈りの内容は“この姉妹の生が美しくなるようにしてください”であります。Cell家族の生が美しい生になってほしいです。教会の中でも、世の中の人々の目にも美しい生..誰が見ても美しい生を彼女らが生きていくことを、祝福して、お祈りしています。そして、キリストの弟子になった私が愛するcell家族と他のたましいの美しい生のために更に美しくならなきゃならないと告白します。うっとりする平聖徒使役者の生というのが、そのものだと告白します。まだまだですが、弟子大学を卒業して訓練されたとおりに私の一生を美しく使ってください..それが私の望みで..私の一生の使命になりました。
おわりに、足りない私を導いていただいた牧師任と、励まして中保していただいたサモニンと長い間、班長の役割を果たしながら御苦労さまでしたアン執事任、純粋な信仰で挑戦を受けて皆を笑わせていただいた金執事任、大変だった時ごとに私のことを心配していただき、お祈りで同役していただいた友美執事任、一緒に卒業できなくなったのが個人的にはくやしいほど私と同じく大変だった状況の中で今日にいたるまでもっとも力になってくれたインヨン姉と、いままで私のために中保していただいた教会の家族である皆様にこころ深く感謝の気持ちをお伝えいたします。
そして何よりも、わたしの父でありますし、愛するわが主に感謝をささげます。主をなお愛します。昨日より今日、今日より明日、なお愛します。ありがとうございます。
너무 너무 수고한다..